軍装品 1
  
   ヤフオク 商品説明補足
  ※此の下 続に「第4艦隊『水上飛行機 母艦
                              神威・南洋航海記録生写真帖』が有ります。

◆支那事変・旭川第7師団後備歩兵第3部隊
     『近藤中尉・記録生写真帖


                  

NO1 表紙 NO1 大きさ巾22cm・長さ 29cm・厚2,2cm。台紙 (使用し
     している部分)23枚・46頁。写真(大小)190枚(内 私人9枚)NO2 
     巾20cm・高さ 25cm・台紙 15枚30頁写真(大小)98枚(私人9枚。)
     写真全枚数 190+98=288枚
     ※写真の個々の説明文は不鮮明・不能読に限り文章を書きます。
NO2 右側上 「千仏山」千仏山(崖石仏)千仏山には興国寺有り、碧霞廟・文
    昌帝廟・関帝など支那民間信仰の神々が沢山祀てます、石仏は沢山
    有ります。左上 、「津浦駅」天津⇒浦口間交通路(鉄路駅)。
NO3 右側上 徐州爆弾跡。隣 臨城にて高射砲援護・右下 商邱県市街1部
    中華飯店。
NO4 
NO5 右上 済南大にて馬路通。下 昭和13年8月22日、来て見れば殆のど共
    形もなく、爆撃された済南支那兵舎。上左、城外南側に有る支那信仰の
    著名地。済南千仏山全景。
NO6 右上 天津公園噴水 13,6,5、 中間 臨城駅、 右下 13,6,29-
    7,4、商邸駅 帰徳城への通路。 左上 在 済南の忠魂碑。下 天津
    万国橋。
NO7 右上 北寧鉄路 12、9,14 13,2,13、 思い出高き廊坊車站、
    右下 支那特有のハリネズミ 壕堀に時時に出る。13,4,23 古畑隊
    久貫小隊 村木金松五長告別式。 左下 京漢線 邯鄲夢の枕(かんたん
    のゆめまくら)。昔よりの名跡。
NO8 右上 彰徳水壕枝公園にて 広辻部隊長 広辻金治郎殿、左上 袁世凱
    公園。 下 公園入口。
NO9  此のページの写真説明文はヤフオクの出品に有ります。写真2枚目・
NO10 此のページの写真説明文はヤフオク出品に有ります。写真3枚目。
NO11 出征満一ヶ年祝賀記念日
     右側上 昭和13年7月28日、出征動員下命 祝賀記念の祝に写す。
    下段 彰徳一流 ところ、十五~十八九才の支那クーニャン・
     八月二七日特務機関なり。左側 上 余興 隠芸 7,28、 席上に於い
    て大宴会。
NO12 右側上 洪県附近 任務を遂げ行進帰隊折り、鉄橋修理状況、13年6月、
     右下 彰徳 袁世凱墓所 両側に仝形なる飾り物有り。
     上段中 河南省洪県附近の河、貨車にて渡河。左側上 山西省東坡
     附近の戦闘、13年5月28日。
NO13 右側上 三個廟に行て 廊通訳(廊玉彰) 水が不足なれば馬を持って
    揚水をやる、馬は至極従順なれば監視しなくとも働く。左上 豊楽鎮皇協
    軍 王軍長に敵状を指示し対応す、如何なる村落に侵入しても取り調べは
    やる。下段右 ?何の写真と思われます 農民です苦力です 死体の横た
    わる如く思わるが 決してそうでなし 是が無上の光栄なり。
    左側下段 支那部落にも子供がつきもの、 是等の子供が大人になつて
    日本の云うことを聞くのも遠くあるまい、
NO14 このページの写真説明文はヤフオクの出品に有ります。写真4枚目。
NO15 右側 帰徳馬牧集 上空に於ける戦機乎クム役務の戦斗 寺西少佐・
     広辻部隊長。左側 彰徳 13年6月23日(24日)小石大の ひょう 降る
NO16  右側上 手前は湾汰(河南省)豊楽鎮にて(朝 8,00)共産軍は
      八路軍及び密使進入、右側下 支那主婦木登り柳葉をつまみて、
      五・六月頃は必ず見られる。左側上 彰徳恒河岸より宿営地 中央
      塔に注目、左下 7、28、左端は・・
NO17 此のページのしゃん説明はヤフオクの出品に有ります。写真5枚目。
NO18 右側上 寺西部隊南京転出につき記念、右側下 7月15・16日両日
     に国防婦人会連中戦没者の慰霊訪問、中央 公園内自動車置き場、
     左上段 第一参謀長峰中佐、無事、下段 AT機 旅客機 上海号。
     乗るならばAT機 
NO19 右側上 支那式チンドン行列、下段 荒鷲の勇士姿。左側上 戦没者 
     慰霊祭、8月13日。
NO20 此のページの写真説明はヤフオク出品に有ります。写真6枚目
NO21 上段 遊撃隊(の徒も程がある、列車爆破。下段 右 彰徳にて飛行機
    を警備する兵。左側 ろう山にて哨する兵。
NO22  右側上 大楽毛(おたのしけ)を想わせる野産馬の集まり。8,28、
     下段 彰徳 袁世凱公園 右側 近藤少尉、隣 広辻部隊長、左 古畑
     隊長。左側上 日本領事館通り大二馬路 済南市。下段 黄河を望む。
 番号外・参考写真。 みなと釧路 大楽毛市釧路畜産組合の経営の馬市、
 毎年 夏に行われる馬市、出品者の4個上の兄は学校の夏休み、今で云う
 アルバイトに行きました。絵葉書付属します。
NO23 右側上 森の中は公園、右下 彰河、左側上 南苑陸軍飛行場の守
     備兵。左下 彰徳石碑。
NO24 此のページの写真説明はヤフオクの出品に有ります。写真7枚目。
NO25
NO26 右側上 在済南、下段 ろう山南側 西方地区。中間上 城内南関に有り
     済南七十二泉の内 著名なるもの噴水高尺余 商埠市民の飲料水の
    源池たり 13,9,16、
NO27 右側上段 2枚 下士官哨巡察 登山記念右側下段 浦津線亮州駅。
     中間 下段 泰安駅 泰山。左側上 ろう山 山頂の石壁積作業。
     銅山県 除州駅。
NO28 右側上 泰安⇒済南間 鉄路。下段 泰安⇒済南間 鉄路。 右側下
    泰安市街 鉄路附近。 左側上 済南西東角 下士官哨巡察より ろう山
    を望む。下段 張荘 兵営 ボードヴイル一行慰問。
NO29 爆撃 航空写真。
NO30 河南省彰徳公園、部隊長の送迎光景。右側下 快速隊 水一彰間。
     左側上 此の哀れな子供は盗みをする、老人はかすり(掠り)取る。
     左側下 水治鎮の清流。
NO31  右側上 楊家荘箒浸入。下段 穀曳 母と子 協力同心。 左側上
      大金家荘 附近13,10,10、
NO32 此のページの写真説明はヤフオクの出品に有ります。写真8枚目。
NO33 右側上 万里長城 下段 国防婦人会の連中、中間上 白搭 下段 正
   陽門駅、 左側上 北海のほとり、下 北京には珍しいトンネル。
NO34 右側上段 済南日本人尋常小学校、運動会。左側同じ、左側上 済南張
    荘東門、左側下 済南市。
NO35 右側上 説明文無し、水浴中の伊藤少尉であろうが?予備兵ですが、
    通常将校よりお年を召しているように見える?。右側 漢口陥落に賑う
    街並。左上 漢口陥落で賑わう街並み、左下、漢口陥落の旗行列。
NO36 写真説明不鮮明、右上 輸送船に乗り込む兵隊、下 聖戦成功陥落
     陥落、中間上 輸送船に乗り移る小船の兵士、下 街角の占い師?、
     左側上 閑院若宮様と部隊長(広辻大佐)南苑戦闘跡御見物、下 漢
     口陥落で賑わう街並み(2枚)
NO37 右側上 水治鎮・東彰に際して 下段 親類や知人子供の歓迎、中間上
     孫悟空の演劇中、下段 通訳池田軍曹、
NO38 左側 軍用飛行機と自動貨車、下段 中国人のロバの運送屋・
NO39 右側 南苑飛行隊 故陸軍航空五長の墓、 下 ロバに乗る主人と子供、
     左側 済南駅ホームの国防婦人会の皆様、料亭 末広 女給。
NO40 説明文無し、右上 近藤少尉、 下段 祝広東陥落 の門、中間上 
     赤十字列者車と従軍看護婦。
NO41 説明なし 右上近藤中尉と中国人、左下 近藤少尉は肩章を見ると
     中尉に昇進、サソリをいじつている光景。
NO42 右側上 石仏群。左側上 日本兵と中国の子供達。下段 中国駕籠に乗る
     夫人。
NO43
NO44 此のページの写真説明はヤフオクに有ります。写真10枚目。
NO51 NO2写真帖、此の写真帖には写真説明は付いておりません。
NO52 
NO53
NO54
NO56 上段 軍司令部の門の広辻部隊の表札有り。
NO57  天津総駅。
NO58 近藤少尉。
NO59 右側の門柱「広辻部隊 古畑隊 近藤小隊」の表札、左下段 独流鎮
    車站(駅)
NO60 近藤小隊長の兵舎部屋。
NO61
NO62
NO63
NO64
NO65
NO66
NO67
NO68 此の写真説明はヤフオクの出品に有ります。写真10枚目。


                                       YAHOO オークション商品説明補足
◆第4艦隊北支警備『水上機母艦・神威・北支・南洋
                航海記録生写真帖』

NO1 表紙 表裏共に痛み有り、綴じ紐取り換え。 大きさ巾27cm・長さ36cm。
NO2 右側、軍令部総長 元帥 海軍大将 伏見宮博泰王殿下。左側 海の
    護り 御見学秩父宮高松宮両殿下。
NO3 右上、陸軍参議官 岡海軍大将 昭和8年、右下 第4艦隊司令長官
     長野海軍大将昭和8年、中央 故 東郷元帥、左上 昭和8年 旅順
     に於ける特命検閲使 谷口海軍 大将、左下 横須賀鎮守府司令長官
      野村海軍大将。
NO4 右下段  特務艦 疁州(測量艦 3,000トン)、昭和4年3月より昭和
    7年11月迄。上段 軍艦鳳翔(航空母艦 10,000 トン)昭和2年11
    月より昭和4年3月まで乗艦。左側 軍艦神威(水上飛行機搭載艦 19,
    500トン)昭和7年11月より10年11月まで
    乗艦。 ※ 此の写真帖の所有者の軍歴。
NO5 仝上 拡大写真 軍艦神威。
NO6 右側上段 青島翔州湾に於ける軍艦神威の天長節の萬艦飾。下段 
    神威搭載上の水上飛行機。 中央 神威の凱旋ニユース 昭和8年、
    (新聞切り抜き) 「水上搭載機艦 神威堂々凱旋」。左側上段 北支警
    備旗艦 平戸、下段 北支警備 神威艦上の積雪。
NO7 仝上 部分拡大写真。
NO8 右側上段 神威艦上の遊戯・下段 北支警備我等の旗艦 軍艦平戸
     昭和8年2月。左側上段 北支コロ島上陸の神威乗艦組員。 下段 
     支那海の満月。
NO9 右側上段 結氷支那海航行中の神威、下段 支那海のオットセイー、
    左側上 上陸汽艇より軍艦神威の遠望、下段 編隊水上機の離水。
NO10  仝上 部分拡大写真。
NO11  右側上段 神威陸戦隊出發、下段 神威載機機械積、中央神威艦
      載水上機 「十四式水上偵察機三人乗」、左側上段 大連港に於い
      て神威載炭手積、下段 神威乗組員の武技試合、(水上飛行機の
      格納庫にて)。
NO12 仝上 部分拡大写真。
NO13 上段 旅順に於いて昭和8年 北支警備艦隊 陸戦部隊観兵式
     、右側下段大連市電気遊園、左側 空中撮影の陸戦隊観兵式。
NO14 上段 旅順市。下段 旅順市艦軍要港。
NO15 旅順戦跡 白玉山忠霊塔、下段 旅順戦跡閉鎖隊記念碑。
NO16  水師営、下段 水師営会見所に向かうステッセル将軍。
NO17 上段 旅順戦跡、下段 右側 乃木保典戦死碑、左側 旅順 爾嶺山。
NO18 日露戦争日本軍司令官訪将、下段 乃木、ステッセル将軍、会見記念。
NO19 大連市街、下段 大連港桟橋。
NO20 大連港桟橋待合所、待合所内部。
NO21  支那 萬里長城、 下段 支那山海関。
NO22 支那 海軍下士官集会所、 左上 青島日本領事館、下段 青島市街。
NO23 上段 艦上より市街遠望、中段 忠魂碑 下段 青島神社より市街
     を望む。
NO24  昭和8年4月 青島神社境内の桜、神威乗組員 青島神社参拝。
NO25  支那山東省青島 日独戦跡 海岸砲。
NO26  上段 青島市街より膠州湾を望む、 青島旭山砲台 日独戦跡。
NO27  神威士官記念撮影 南洋パラオ上陸、南洋パラオ無線電信所遠望。
NO28  神威艦上(水上飛行機格納庫)に於いて土人記念撮影、 下段 
      神威乗組員の武技試合(水上飛行機格納庫にて)。
NO29  土人の家屋、下 土人の踊り。
NO30   南洋風景 其の1、其の2、
NO31  上段 南洋パラオ島湾内に於ける 海軍潜水艦、下段 神威搭載
      機の飛行訓練。
NO 32 南洋諸島の遠望、 下段 南洋諸島活火山 ウラカス島。
NO33 パラオ島 風俗。
NO34  上段 パラオ島市民 寄贈バナナ、 海軍士官と市民達。
NO35  パラオ島風俗。
NO36  パラオ島風俗。
NO37  伊勢大神宮(内宮)、伊勢名所 二見ケ浦・伊勢神宮宇治橋。
NO38  伊勢湾 艦隊乗組員海兵の伊勢湾参拝上陸。
NO39 鹿児島県志布志町 山宮神社。
NO40  大分県佐伯港。
NO41 鹿児島県志布志町、志布志湾。
NO42  大分県別府市街、別府温泉街。
NO43  別府温泉砂湯、別府温泉 湯本。
NO44 別府市夜景、別府大佛。 歓迎第4艦隊・歓迎帝国歓迎。
NO45  千葉県船形町・志布志市、風景。
NO46  千葉市船形町の名所。
NO47   上段 神奈川県浦賀町 船梁会社に於いて駆逐艦進水。中段
        水上飛行機の編隊飛行、下段 海軍大飛行艇の雄姿。
NO48  軍艦 鈴谷 進水式、
NO49  米国軍艦。


     祝 株式会社 葵工業 創立51周年


             
 喜壽 ( 出品者 )万歳 !!

  ♪長時間ご覧頂有り難う御座います♪