☆骨董 葵酔仙 ◆古美術・古陶磁器・古裂・古資料紙・古銭・軍装品☆


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葵工業 創立45周年

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起稿 平成十五年三月十九日  連続第一回 更新03.3.19

             旧南満洲鉄道(満鉄)と私  

 「南満洲鉄道」・・・なんと心良いロマンを感じる響であろう。
 私と旧満鉄との関わり合いは,私は満鉄に在職していた訳では有りません。

 昭和30年、大志を抱き大学入学を目的に北海道釧路から東京に出てきた。貧しい時代(家)の事、
昼間は働き夜間大学に通う事になった。昼間の勤め先になったのは、
昔懐かしい歌 西条八十作詞、中山新平作曲「東京行進曲」 

     ♪ 恋の丸ビルあの窓あたり、泣いて文書く人もある
 ♪  

 と歌われた当時最高のビジネス ・オフイスビルであった赤レンガの東京駅前の日本の首都東京の  
顔とまで言われた9階建ての旧丸ビルの5階504号に有った株式会社旭工務所と云う建築設備会社で、
この会社は満鉄元社員(満鉄帰り)で創設された会社で有った。
社長(吉田要)は東大・法学部出で戦後満鉄会の会長をした人で有る。 
この部屋には同じ満鉄帰りで造られた会社も同居していた。
 
 私の仕事は水道工事の水道局の手続と給排水暖冷房設備工事の設計積算を担当していた。  
会社が終わり帰りには上司に連れられて飲み屋によく連れていってもらったもので、
酒が回りると決まって、昔をを思い出し懐かしい満鉄の話しが始まる。
帰り道決まって満鉄の歌を大声で歌つて帰ったものです。
 その様な環境の会社に勤めていた関係で特に旧南満洲鉄道に関して深く興味を持っている。  
宛も無く金も無く無謀にも北の北海道から出てきて、たどり着いた
この会社とその先輩社員の御蔭で現在の私が有る事に深く感謝しています。

#1 瀋陽蒸気機関車博物館
#2 旧南満洲鉄道(満鉄)の特急「アジア号」を牽引した「パシナ」。
#3 「パシナ」に上の私。
#4 「パシナ」をバックに居るは私。



☆骨董品は歴史を語る

          第一回 1編 ◆ 摩訶不思議・薬用酒「養命酒」は
                          
他にも有った?

  俳優藤田まこと・のテレビコマーシャルで知られる薬用酒「養命酒」は、胃腸虚弱・食欲不振・・・・等に効き江戸
時代初期慶長(1602)年に塩沢家が創製し家業としたのを引継ぎ400年の長きわたって世の人々の健康長寿に
役立って来ました。
養命酒の効能は配合されている14種の生薬の持つ薬効から導き出された薬用酒だそうです。
 
 「養命酒」の製造・販売を事業としている、養命酒製造株式会社の設立は、大正12年(1902)年6月20日と成っ
てます。
 ところが摩訶不思議どちらが先に「養命酒」を名乗っていたかは知る由もないが、明治時代の貧乏徳利に
「西川醸・標商登録・養命酒・五合入」と書かれた徳利が存在している。
                                ※「養命酒」のホームページを参考としました。

第一回 二編  ◇ 私は「チビ」と申します

  私は雌猫の「ちび」と申します。葵工業の事務所に棲み着いてもう11年に成りますが、生まれた処は工事現場でした。
セメント袋の上で鳴いて居たのを現場監督のお兄ちゃんに拾われましたが、其の時の事を大きく成ってから色々の事を聞かされました。
 それに依れば拾われた時には、沢山のノミが棲み着いて居たとのことで、湯水に漬けられた時には数十匹のノミが苦し紛れに浮かんで来ました。
 食事の時には野生猫なので唸りながら食べたそうです。

 葵工業の事務所に飼われた猫は私が3代目で、招福の猫としてお仕事を持って来るのが私の役目ですが、
お前が歴代の猫で一番働きが悪い」と言われます
この平成の大不況で招き猫の役目と言っても無理な事です。
ですから「癒し猫」として飼って貰うことにしました。

 私は何処の仲間も同じでしょうが高い所が大好きです。高い所から事務所の作業をする社員を見て、良く働くなぁ・・・と関心しております。
それにしても私は一日のほとんどを寝て過ごして悪いなぁ・・・と思っていますが、これも猫族の習性・宿命なので仕方ないと思っています。

 私の性格は人懐こく好奇心が旺盛で、お客様が来ると高い処からわざわざ降りて来て「ニヤァ」と挨拶をして、
擦り寄って行くと「可愛いね」と頭を撫でてくれます。事務所で変わった作業をすると珍しいのか傍に寄って、何事かとじっと見つめ首を傾げる
仕草をするらしく「変わった猫だね」と言われます。

 製図をしていたり大事な書類を広げて作業をしているのに、おかまいなしに其の上を歩いたり、時には大事な書類の上にお茶を溢して怒られます。
其の時は籐で編まれた寝床に避難してじっと身を屈めています。そんな失敗が有っても、けっして
声を荒立てて怒る事も、ましてや手を上げたりすることは有りません。大事に社員並に扱って貰っています。

 最近は歳を取って体力の限界を知って高い処には跳び上がるのは止めました。
後何年生きられるやら?それまで可愛いがって貰います.。

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