◆ 軍装品 2 ◆    
                            
    
                            YAHOO オークション商品

鹿屋海軍航空隊・中国本土爆撃
『支那事変記念写真帖』非売品

NO1 第1・2回出征「支那事変記念写真帖・鹿屋海軍航空隊」。表紙=布貼り・金文字・大きさ
    巾27cm・長さ38cm・厚2cm。台紙厚手(片面使用)・写真160枚(職殉者肖像写真
    95名を除く)。保存状態=破れ・虫食い・折り目・汚れ・劣化等有りません。
NO2 昭和天皇 行幸 昭和13年8月11日、(木更津海軍航空隊)。
NO3 感状 3枚。 
    右下、漢口及南昌敵空軍根拠地爆撃に戦果を上げた。支那方面艦隊司令
    官 長谷川清。
    左下、漢口攻略戦闘に四川省に後退し、成都重慶梁山の敵空軍根拠地を
    爆撃し戦果を上げた。支那方面艦隊司令官 及川吉之助。
NO4   仝上 部分拡大写真。 「第1聨合航空隊」は支那事変初期に、鹿屋海軍航空隊と
     木更津海軍航空隊を合わせて「第1聨合航空隊」と部隊になった。
     此の写真帖に掲載された第1聨合航空部隊の空爆地・軍事施設は次の通り。
     南京大校飛行場・混山駅・玉山鉄橋・南昌航空委員会・漢口飛行場・京山・松江鎮敵
     陣地・大平敵陣・寧波駅・長沙江上敵武装ジャンク・岳州駅・漢口駅・武昌駅、
     計13箇所。の実況航空写真が掲載されております。。 
NO5 密雲を衝いて渡洋爆撃。(四川省首都重慶の空爆)
NO6 敵首都爆撃に向かう攻撃隊を見送る司令官。
NO7 上段右、塚原司令官(右)、戸塚司令官(左)。左側、戸塚司令官と幕僚。下段、右 
    安慶に於いて士官室の士官。防空見張りを厳重に。
NO8 右上、石井司令・左上、酒巻司令。鹿屋海軍航空隊。
NO9 勇躍出征を見送る市民達。千載一遇の出征に勇躍しての輸送運搬。
NO10 右上、編隊も鮮やかに一路南京へ。右下、攻撃命令を受けつつある攻撃隊。
    左上、攻撃隊の健闘祈りつつ。左下、休息。
NO11 右上、南京大校場飛行場に咲いた爆弾の花。右下、初陣に名誉の戦傷した爆撃機。
     下段、左、命中 混山駅。
NO12 仝上部分拡大、空中写真「命中・混山駅」。
NO13 右上、雲上飛行・中央、玉山鉄橋も見事破壊・大空の護り 待機戦闘機群。
NO14 右上、大陸を飛ぶ(渡洋爆撃)。右下、少国民の歓呼を後にして(渡洋爆撃へ)。
     左下、 漢口飛行場爆撃。
NO15 仝上部分拡大写真 漢口飛行場爆撃
NO16 蘇州河を前に幾多乱戦を続ける四川路。右下、南昌旧飛行場航空委員会の爆撃。
     左上、京山爆撃。
NO17 右上、無言の威圧(黄浦江に於ける軍艦出雲)。右下、上海市政府。右下、上海
     ガーデンブリッチ付近。
NO18 右上、南京中山陵。右下、安慶寺塔。左上、峻嶮越えて四川へ( 所謂・重慶無差
     別爆撃)。左下、安慶軍需桟橋。
NO19 右上、地上射撃。左上、敵地深く進む爆撃機。左下、支那の寺。
NO20 安慶の街並風景(日本兵が歩いている)。
NO21 右上、波静かな揚子江。安慶市街(安徽省)第1聨合航空隊駐屯地と思われる?)
     全景パノラマ。右下、中国銀行。
NO22 右上、戦闘機の整備作業。右下、第1聨合航空司令部。(中国安徽省の南西部にある
     長江沿岸の港湾都市、安慶市)。
NO23  右上、漢口駅空爆の跡。左下、武漢三鎮を眼下に。
NO24 右上、漢口旧英租界付近。安慶市内。
NO25 右上、武昌駅爆撃。右下、漢口「トーチカ」。左上、中、四川省成都へ( 所謂 重慶
     爆撃へ)。
NO26 第一次出征准士官以上。
NO27 安慶にて搭乗員一同。
NO28 上海にて搭乗員一同。
NO29 職殉者名簿、矢印は戦死者の最高階級中佐。
NO30 職殉者写真、最高階級者 中佐。

    株式会社 葵工業 創立50周年
      創立者 
(出品者) 喜壽
            万歳

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